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通勤がなくなった。朝の満員電車もない。着替えなくていい日もある。条件としては楽になったはずなのに、なぜか消耗している。
そして、この消耗は言葉にしにくい。忙しいわけでもなく、嫌なことがあったわけでもないからです。
56万人のデータが示したこと
2026年にScience誌に発表された研究が、この問題を大規模に扱っています。
米国の全国代表性のある5つの調査、のべ568,000人の回答をもとに、2011〜2019年と2022〜2024年を比較した。リモート勤務が可能な職種と、そうでない職種のあいだで変化を比べた結果、リモートワークは一人で過ごす時間を増やし、複数の指標で心の状態を悪化させ、メンタルヘルスサービスの利用や処方を増やしていた。これらの影響は、一人暮らしの人に集中していた。
比較のしかたに注目する価値があります。リモート勤務ができる職種とできない職種を比べるという設計をとることで、「コロナ以降みんなしんどくなった」という時代全体の変化と、リモートワーク固有の影響を切り分けています。
そのうえで、影響が一人暮らしの人に集中していたという点が、この研究のいちばん実用的な部分です。リモートワークそのものが悪いのではなく、リモートワークによって接触の機会がゼロになる人が出ることが問題だ、という構造が見えます。
何が失われたのかを分解する
出社が減って消えたものを並べると、業務と関係ないものばかりであることが分かります。
偶発的な会話
予定に入っていない接触
- ・すれ違いざまの一言
- ・エレベーターでの雑談
- ・昼食に誘われる/誘う
- ・会議前後の余白の時間
認識されること
見られている・いると分かられている
- ・席にいることが見えている
- ・顔色や様子に気づかれる
- ・軽い相談を持ちかけられる
- ・存在が前提になっている感覚
移動と切れ目
生活の区切り
- ・通勤という切り替えの時間
- ・外の景色と日光
- ・歩く量
- ・仕事の終わりを示す物理的な合図
職場の外の接点
ついでに寄っていた場所
- ・会社近くの店や書店
- ・帰りに寄っていたジム
- ・同僚以外の顔見知り
- ・外出のついでに済ませていた用事
このうち、2つ目の「認識されること」が、いちばん代わりを用意しにくい部分です。
チャットで用件は済みます。ビデオ会議で顔も見えます。ただ、そこで交わされているのは業務であって、自分がそこにいると誰かに認識されている状態とは別のものです。この違いは、居場所についての研究で繰り返し指摘されているところでもあります。
所属しているのに孤独を感じる、という状態そのものについては、居場所がないと感じる大人へ向けた記事で詳しく扱っています。
「効率が上がったのに苦しい」の正体
在宅勤務を続けている人からよく聞くのが、この形の違和感です。
作業は進んでいる。移動時間が消えた分、成果も出ている。それなのに、夕方になると空っぽになっている。
説明の一つは単純です。在宅勤務で増えたのは可処分時間ですが、減ったのは接触のほうだからです。時間が増えても、それを使う先が家の中しかなければ、一日の接触はゼロに近づきます。
もう一つは、切り替えの問題です。通勤が果たしていた「終わりの合図」がなくなると、仕事の思考が夜まで残りやすくなります。この状態は研究上「心理的距離が取れていない」と呼ばれ、回復を妨げることが分かっています。詳しくは家に帰っても仕事のことを考えてしまうときの記事にまとめました。
在宅勤務を否定する話ではない
裁量が増える、通勤の負担が消える、集中できる。これらは実際の利点で、研究もそこを否定していません。問題は働く場所の選択そのものではなく、出社によって自動的に供給されていた接触が、在宅では供給されなくなるという一点です。だから対処も、働き方を戻すことではなく、供給元を別に作ることになります。
埋め方は「量」ではなく「規則性」
対処として提案されがちなのが、オンライン飲み会や雑談チャンネルですが、続かないことが多いやり方です。業務時間の延長線上にあるうえ、開催が不定期だからです。
研究で居場所として効くとされているのは、同じ場に繰り返しいることで、そこにいる人から認識されている状態のほうです。そして、認識されるかどうかを決めるのは、行った回数よりも同じ時間帯に居合わせた回数です。
- 1
一日のうち、家の外にいる時間を先に決める
長さは問いません。朝に15分歩く、夕方にコンビニまで行く。目的は運動ではなく、外にいる時間をゼロにしないことです。
- 2
週に1回、同じ曜日・同じ時間に行く場所を作る
カフェ、銭湯、ジム、図書館。すでに行ったことがある場所から選ぶほうが早く定着します。新しく開拓する必要はありません。
- 3
その場で会話は必要ない
顔を覚えられるのに会話は要りません。同じ時間帯に何度か顔を出していれば、話さないまま認識されるのは普通に起きることです。
- 4
出社日があるなら、その日に用事をまとめる
出社を単なる作業場所の移動にすると効果が薄れます。人と会う予定、雑談する余白をその日に寄せておくほうが実利があります。
- 5
終業の合図を、毎日同じ行為にする
通勤がなくなった分の区切りを自分で作ります。散歩、着替え、PCを別室に移す。内容よりも反復が合図になります。
このやり方をもう少し体系的に扱ったものが、サードプレイスの作り方の記事です。ゼロから探すのではなく、すでに行っている場所を育てる手順としてまとめてあります。
一人暮らしで在宅勤務なら、優先順位は明確
研究で影響が集中していたのが一人暮らしの層である以上、この条件に当てはまる人にとっては、外に出る予定を持つことの優先度が上がります。趣味として楽しめるかどうかより、一日の接触をゼロにしないことのほうが先、という順番で考えると選びやすくなります。
支えが仕事だけになりやすい働き方でもある
在宅勤務には、もう一つ静かに進む変化があります。生活のほぼ全部が家の中で完結するため、支えの置き場所が減っていくことです。
職場が居場所を兼ねていた人ほど、これは効きます。出社していた頃は、仕事に行くだけで人間関係と時間割と外出が同時に手に入っていました。在宅ではそれが全部なくなり、残るのは業務だけになります。
支えが一つに集まっているときに何が起きるかは、「仕事しかない人生」と気づいたときの記事で扱っています。数を増やせば強くなる、という単純な話ではないことも含めて整理しました。
ココロバランスがやっていること
ココロバランスは、心の支えを複数の「柱」として登録して、いまどこに寄っているかを見えるようにするアプリです。
在宅勤務の状況で効くのは、支えが家と仕事だけに縮んでいく過程が、進んでいる最中に見えるという点です。この変化はゆっくり進むので、あとから振り返って気づくことがほとんどです。記録は週に1回30秒で、毎日の入力は求めていません。
参考文献
- Emanuel, N., Harrington, E., & Pallais, A. (2026). Home alone: Remote work, isolation, and mental health. Science, 392, eaec7671. プレスリリース: Remote work has increased isolation, with impacts on mental health.
- Cruwys, T., Dingle, G. A., Haslam, C., et al. (2013). Social group memberships protect against future depression, alleviate depression symptoms and prevent depression relapse. Social Science & Medicine, 98, 179-186.
- Wendsche, J., & Lohmann-Haislah, A. (2017). A Meta-Analysis on Antecedents and Outcomes of Detachment from Work. Frontiers in Psychology, 7, 2072.
- 厚生労働省(2025). 令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概要.
よくある質問
在宅勤務はやめて出社したほうがいいのですか?expand_more
そう単純ではありません。研究が示しているのは、リモートワークが一人で過ごす時間を増やし、その結果として心の状態に影響が出ること、そしてその影響が一人暮らしの人に集中していたことです。裁量が増える、通勤の負担が減るといった利点は別に存在します。判断すべきは働く場所そのものではなく、失われた接触をどこで埋めるかのほうです。
同僚とオンラインで雑談すれば解決しますか?expand_more
ある程度は効きますが、それだけでは埋まりにくい部分があります。研究で問題になっているのは会話の量というより、一日を通して誰とも接触しない状態が増えることです。オンラインの雑談は業務時間内の話であって、夕方以降の空白には届きません。効いてくるのは、仕事と関係のない場所で人と顔を合わせる機会のほうです。
一人暮らしではないのに、しんどく感じます。expand_more
研究が示したのは平均的な傾向であって、当てはまらない人がいるという意味ではありません。同居人がいても、日中ずっと一人であれば接触は減ります。また、孤独感は人数の問題ではなく「自分がそこにいると認識されているか」の問題だと繰り返し報告されています。家に人がいることと、認識されていることは別のことです。
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ココロバランス編集部
心理学・行動科学の公開研究や書籍を参照しながら、日常で実践しやすいセルフケアの知恵をまとめています。強い不調が続く場合は、自己判断だけに頼らず医療機関や専門家にご相談ください。