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「仕事しかない人生」「恋人に依存してしまう」「生きがいがひとつしかない」「これがなくなったら生きていけない」——そういう言葉を検索窓に打ち込んだあとで、ここにたどり着いたのかもしれません。
先に書いておきたいことがあります。この記事は、支えが一つに集まっている状態を問題として扱いません。欠陥でも、直すべき状態でもないと考えています。扱うのは良し悪しではなく、その一つが揺れた日に何が起きるかという事実の説明だけです。
なお、以降ではその状態を診断めいた言葉で呼び直すことはしません。誰かを大切に思っている状態や、一つのことに没頭している状態に、そういう名前をつける必要がないためです。
一つのことに打ち込めるのは、それ自体が力
一つのものに時間と気持ちを注げるというのは、誰にでもできることではありません。
仕事に打ち込んできた人は、その分野で他の人には追いつけない蓄積を持っています。パートナーを大切にしてきた人は、時間をかけないと育たない関係を実際に育ててきました。推しに注いできた人は、自分の生活の中心に何を置くかを自分で決めています。
これらはどれも、それ自体が良いことです。分散していないという理由で価値が下がるものではありませんし、「一点に注いでいるから危うい」という読み方は、実際に注いできたものを何も説明していません。
数を増やせば強くなる、という話ではありません
ここで、よく語られる考え方に一度釘を刺しておきます。
「心の支えを複数に分散させておけばストレスに強くなる」という説明を見たことがあるかもしれません。もとになっているのは1987年に提唱された自己複雑性理論ですが、その後の検証はこの仮説にあまり味方をしませんでした。
自己複雑性は well-being と負の方向に、しかし弱く相関しており、研究間のばらつきも大きい。ストレス緩衝仮説を支持する結果は、ほとんど見出されなかった。
つまり、支えの本数を増やす作業それ自体に効果がある、とは言えないということです。多く持っている人が強い、という前提はここで外して構いません。 私たち自身も以前はこの分散の考え方でアプリを説明していて、その根拠をたどり直した経緯を「心の分散投資」を検証した記事にまとめています。
この記事も、数を増やす提案をするために書いてはいません。
起きるのは「揺れた日に、行き先がない」ということだけ
では何が起きるのか。ここだけは、良し悪しを抜きにした事実として書きます。
支えが一つに集まっているとき、その一つが動く日には、気持ちの行き先が同時に止まります。仕事で気持ちが沈んだ日に、その気持ちを持っていく先も仕事関係だけ、という状態です。避難先と、揺れているものが同じ場所にある、と言い換えてもいいかもしれません。
そして、その一つが動く日は、たいてい自分の意思とは関係なく来ます。
仕事が中心のとき
揺れる日の例
- ・異動・組織変更の内示
- ・評価面談の前後
- ・長く関わった案件の終了
- ・繁忙期が明けた直後
特定の相手が中心のとき
揺れる日の例
- ・相手の転居や転職
- ・連絡の間隔が変わったとき
- ・相手側の生活の変化
- ・会える頻度が減る時期
推し・作品が中心のとき
揺れる日の例
- ・活動休止・卒業の発表
- ・ツアーの最終日
- ・連載や配信の完結
- ・現場が続かない期間
家族が中心のとき
揺れる日の例
- ・子どもの進学・独立
- ・介護が始まるとき
- ・同居の形が変わるとき
- ・帰省が難しくなる時期
並べてみると分かるのは、どれも失敗ではないということです。案件の終了も、推しの卒業も、子どもの独立も、うまくいっている証拠のほうが多いくらいです。それでも、その日に一時的な行き先がなくなることはあります。
「これがなくなったら生きていけない」という感覚は、性格や覚悟の問題というより、この構造の説明だと捉えたほうが正確だと思います。揺れそうな日を先に見当をつけておく考え方は、心が揺れる日に備える記事で扱っています。
効いているのは数ではなく、承認された居場所
数の話ではないなら、何の話なのか。研究が示しているのは、所属の質のほうです。
アイデンティティの蓄積に関する研究では、複数の役割や所属を持つことが well-being を高めるのは、それらが他の人から承認・確認されている場合に限られると報告されています。承認されないまま所属だけが積み上がると、むしろ well-being は下がるとも指摘されています。
大きめの追跡研究もあります。5,055人を2年間追跡し、ベースラインの抑うつ・年齢・性別・経済状況・健康状態などを統制した研究では、所属する集団を1つ増やすとその後の再発リスクが24%、3つで63%低いという関連が報告されました。
この数字の読み方
この24%・63%という結果は、すでに抑うつ状態にある人において観察されたものです。誰にでも当てはまる予防効果を示したものではありませんし、3つ作れば63%良くなるという意味でもありません。本数のノルマとして受け取らないでください。
介入研究でも近い方向の結果が出ています。孤独感と臨床的に有意な抑うつ症状を抱える15〜25歳174人を対象に、社会的なつながりを作り直すプログラムと認知行動療法を比較した非劣性試験では、抑うつへの効果が認知行動療法に劣らないことが示されました。
ここから言えるのは、効いているのは「いくつ持っているか」ではなく、「その場にいる誰かから、自分がそこにいる人として認識されているか」のほうだ、ということです。
一人で完結する活動は、別の役割を持っている
支えを数えようとすると、睡眠・筋トレ・読書・資産形成といったものが候補に挙がってきます。
これらは生活を保つうえで確かに役に立ちます。ただ、性質が違います。一人で完結する活動は、他の人から「あなたの居場所」として認識されることが原理的にありません。この記事ではそれを習慣と呼び、居場所や関係とは分けて扱っています。
習慣と居場所の分かれ方
同じジム通いでも、黙って行って帰るだけなら習慣、スタッフや常連と顔見知りになっていれば居場所寄り、という分かれ方をします。どちらが上ということではなく、働き方が違います。
習慣は自分のコンディションを整えるもの。居場所と関係は、揺れた日に受け止める側に回るもの。役割が違うので、片方でもう片方の代わりにはなりません。
つまり、「趣味も運動もあるから大丈夫」と数えたときの内訳が全部一人で完結する活動だった場合、揺れた日の行き先という意味では、状況は変わっていないことになります。これは点数が低いという話ではなく、単に別の種類のものだという話です。
増やさない選択も、ふつうに成立します
ここまで読んで、「別に増やさなくていい」と思ったなら、それで結論として成立しています。
増やすかどうかは、読んだ人が決めることです。新しい場所に出ていく体力がない時期もありますし、いまの一つに集中しているほうが自然な時期もあります。前の節に書いたとおり、本数を増やす作業それ自体に効果が確認されているわけではないので、義務感で増やす理由もありません。
増やさない場合でも、できることは残っています。揺れそうな日がいつ来そうかを、先に見当だけつけておくことです。その日が来たときに何が起きるか分かっていれば、当日の受け取り方は変わります。それ以上のことをしなくても構いません。
人間関係のほうがしんどくなっているときは、「期待しすぎない」技術の記事のほうが役に立つかもしれません。
もし増やすなら、ゼロから探さない
一方で、「もう一つあってもいいかもしれない」と思ったときのために、現実的な順序も書いておきます。
新しい趣味を始めたり知らないコミュニティに申し込んだりするのは負荷が大きく、揺れている時期にはまず続きません。すでに接点があるものを育てるほうが、はるかに近道です。
- 1
すでに月1回以上行っている場所を思い出す
行きつけの店、通っているジム、たまに顔を出す集まり。新しく探すのではなく、いまある接点から選びます。1つ思い出せれば十分です。
- 2
行く時間帯をそろえる
回数を増やすより効きます。顔を覚えられるかどうかは、通った合計回数よりも、同じ時間帯に居合わせた回数で決まります。
- 3
認識されるところまでで止めておく
親しくなる必要はありません。挨拶を返す、会釈をする。相手の側に自分の存在が残れば、条件としては満たされています。
- 4
揺れそうな日が来る前に確かめる
つらい日にゼロから探すのは難しいので、余裕のある時期に手元にあるものを見ておくほうが現実的です。
いまの時点で思い当たる場所が一つも出てこない場合は、「どこにも居場所がない」と感じるときの記事のほうから読んでみてください。
ココロバランスの立場
私たちは、支えが何本あるかを数えて評価するアプリを作っていません。本数に意味があるという前提が、研究の側で支持されていないからです。達成率もスコアも出しません。
やっているのは、心が揺れそうな日を先に登録しておき、その日までに手元にあるものを確かめておくことです。週に1回、30秒の点検だけ。毎日の記録は求めていません。
支えが一つのままでも、この使い方は成立します。増やすことを前提にした設計にはしていません。
つらさが続くとき
気分の落ち込みや不安が長く続く場合は、一人で抱えずに専門機関にご相談ください。厚生労働省のこころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)や、相談先をまとめたまもろうよ こころから探すことができます。
参考文献
- Rafaeli-Mor, E., & Steinberg, J. (2002). Self-Complexity and Well-Being: A Review and Research Synthesis. Personality and Social Psychology Review, 6(1), 31-58.
- Cruwys, T., Dingle, G. A., Haslam, C., et al. (2013). Social group memberships protect against future depression, alleviate depression symptoms and prevent depression relapse. Social Science & Medicine, 98, 179-186.
- Haslam, C., Cruwys, T., Chang, M. X-L., et al. (2022). Groups 4 Health versus cognitive behavioural therapy for depression and loneliness in young people: randomised phase 3 non-inferiority trial. The British Journal of Psychiatry.
- Thoits, P. A. Identity accumulation, verification, and well-being. Handbook of the Sociology of Health, Illness, and Healing.
よくある質問
支えが仕事しかないのは、問題ですか?expand_more
問題ではありません。仕事に打ち込めるのは、それ自体が持続的な力です。研究が示しているのも「一つだと良くない」ということではなく、すでに気持ちが落ち込んでいる人が所属先を増やしたときに再発リスクが下がったという限定的な結果です。数の少なさそのものを欠陥として扱う根拠はありません。ただ、その一つが動く日には行き先がなくなりやすい、という事実だけは知っておくと備えやすくなります。
支えを増やしたほうが、ストレスに強くなりますか?expand_more
「たくさん持てば強くなる」という一般化は、研究では支持されていません。自己複雑性に関する研究統合では、ストレス緩衝仮説を支持する結果はほとんど見出されませんでした。効果が確認されているのは数そのものではなく、他の人からも自分の居場所として認識されている集団に属していることのほうです。本数を増やす作業には、それ単体での意味はありません。
増やさないまま、いまのやり方を続けてもいいですか?expand_more
構いません。増やすかどうかは、その人が決めることです。時期によっては、一つに集中しているほうが自然で合理的なこともあります。この記事で扱っているのは増減の指示ではなく、その一つが揺れる日が来たときに何が起きるかという説明だけです。読んで「いまのままでいい」と思ったなら、それで結論として成立しています。
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ココロバランス編集部
心理学・行動科学の公開研究や書籍を参照しながら、日常で実践しやすいセルフケアの知恵をまとめています。強い不調が続く場合は、自己判断だけに頼らず医療機関や専門家にご相談ください。