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異動の時期が近づくと、まだ何も決まっていないのに落ち着かなくなることがあります。上司が誰かと席を外すたびに気になる。同期のあいだで噂が回りはじめる。夜、布団に入ってから「もし遠くに行くことになったら」と考えはじめて、そのまま朝になる。
あるいは、すでに内示が出たあとかもしれません。頭では受け止めたつもりなのに、実感が追いつかない。あの感じです。
この記事は、その落ち着かない時間をどう過ごすかについて書いています。異動は、日付が先に分かる数少ない揺れです。 つらいことではありますが、裏を返せば、当日までに手を打てるということでもあります。
まだ起きていないことが怖いのは、自然な反応
まだ起きていない出来事に対して、いまから苦しくなる。これは予期不安と呼ばれる反応です。厚生労働省の資料でも、大事な場面の前に強い緊張や不安が出ることは当たり前の反応だと説明されています。
異動の場合、不確実さがそれを強めます。行き先も、仕事の内容も、一緒に働く人も、まだ分からない。分からないものに対しては、頭は勝手に最悪の想定を組み立てはじめます。
不安の強さは、適応力の低さではありません
異動を前にして落ち着かないことは、社会人としての力量とも、打たれ強さとも関係がありません。生活の枠組みが変わると予告された以上、頭がそれを処理しようとするのは自然な動きです。平気そうに見える同僚も、口に出していないだけということは珍しくありません。
漠然としたまま抱えているのがしんどいときは、いま気になっていることを一度言葉にして外に出してしまう方法もあります。書き出し方については漠然とした不安を言語化する記事で具体的に扱っています。
異動で本当に変わるのは、仕事より「所属」
異動の準備というと、引き継ぎ、資料の整理、住まいの手配——業務や生活の話が中心になりがちです。ただ、あとから効いてくるのは、たいていそこではありません。
変わるのは、毎日その場にいることで成立していた所属のほうです。何も言わなくても通じる相手。昼を一緒に食べていた人。雑談のなかで拾ってもらっていた愚痴。それらは業務の付属物のように見えて、実際には日々の心を支えていた部分でした。
所属が心に与える影響については、比較的しっかりした研究があります。
5,055名を2年間追跡し、抑うつ・年齢・性別・経済状況・健康状態などを統制した縦断研究。すでに抑うつ状態にある人において、所属する集団を1つ増やすとその後の再発リスクは24%、3つ増やすと63%低下していた。
この数字はすでに抑うつ状態にある人において観察されたものです。誰にでもそのまま当てはまるものではなく、「3つ作らなければいけない」という意味でもありません。
同じ方向を示す介入研究もあります。孤独感と臨床的に意味のある抑うつ症状を抱える15〜25歳174人を対象に、社会的なつながりを作り直すプログラムと認知行動療法を比較した試験では、抑うつの改善は両者で同等(非劣性)でした。効いているのは支えの本数ではなく、所属という具体的な出来事のほうだと考えられます。このあたりの検証は「心の分散投資」を検証した記事にまとめました。
つまり異動で起きているのは、業務の変更であると同時に、所属していた集団からの移動です。しんどさの正体がそこにあると分かると、備える先も変わってきます。
前の居場所は、何もしないと自然に薄れる
ここで一つ、押さえておきたい条件があります。アイデンティティの蓄積に関する研究群が示しているのは、次のことです。
複数の役割や所属を持つことが well-being を高めるのは、それらが他の人から承認・確認されている場合に限られる。
自分だけが「あそこは自分の居場所だ」と思っている状態は、支えとしては働きにくいということです。相手の側からも、こちらがそこにいる人として認識されている必要があります。
薄れやすいもの
会う理由が業務だった関係
- ・同じ島の同僚
- ・昼を一緒に食べていた人
- ・部署の飲み会でだけ話す相手
- ・廊下で立ち話していた他部署の人
残りやすいもの
業務の外に接点がある関係
- ・個人の連絡先を知っている相手
- ・会社の外で会ったことがある人
- ・共通の趣味がある同僚
- ・近況を送り合う相手
異動して関係が切れるのは、嫌いになったからではありません。会う理由がなくなるからです。 席が離れれば話しかける機会が消え、機会が消えれば、半年後には「元気かな」と思うだけの相手になります。
これは自然なことで、責める話ではありません。ただ、自然に任せると自動的にそうなる、というだけです。だからこそ、まだ席が近いうちにできることがあります。
内示から異動日までにやっておくと楽になること
やることは多くありません。異動日という日付が決まっているぶん、先回りできます。
- 1
前の職場の誰かと、異動後も会う口実を作っておく
いちばん効きます。「落ち着いたら飯でも」で終わらせず、できれば時期まで口に出しておきます。個人の連絡先を交換しておくだけでも構いません。業務以外の接点が一つあれば、関係は自然には消えにくくなります。
- 2
異動日と、その前後の数日を空けておく
当日より、数日たってからのほうがこたえることがあります。大事な予定を入れず、何もできなくていい日にしておくと安心です。
- 3
職場の外にある居場所を、いまのうちに確かめておく
趣味の集まり、通い慣れた店、オンラインのコミュニティ。異動で変わらない場所が一つでもあると、生活の全部が入れ替わる感覚を避けられます。
- 4
気が重い日を、先に1つ決めておく
初出勤日、歓迎会、最初の会議。どれか一つだけ選んで、その日に使う支えを先に決めておきます。当日に考えないで済むことが目的です。
1番目を最優先にしているのは、前の職場が「戻れない場所」になるか「たまに会える人がいる場所」になるかが、ここで決まりやすいためです。「異動したら会わなくなるのかな」と思っている人は、たいてい向こうにもいます。
こうした日付ベースの備え方の全体像は、心が揺れる日に備えておくという記事で整理しています。
異動先で、焦って居場所を作らなくていい
新しい部署に移ると、早くなじまなければ、と思いがちです。
ただ、こちらが「いつもいる人」として認識されるまでには、時間がかかります。何度も同じ場面で顔を合わせて、名前を覚えられて、雑談の輪に自然に入る——この過程は、意識して短縮できるものではありません。数か月かかることも、それ以上かかることもあります。
最初の数か月に起きがちなこと
- 雑談に入るタイミングが分からない
- 昼を一人で食べる日が続く
- 前の部署のやり方と違って戸惑う
- 「前はこうだった」と言えない空気を感じる
どれも、時間の問題であることが多いものです。うまくやれていない証拠ではありません。
そしてこの時期は、異動前に残しておいた関係がいちばん効くタイミングでもあります。新しい場所でまだ所属が育っていないあいだ、前の職場の誰かと月に一度話せる状態にあることは、それ自体が支えになります。
なじめない期間を、自分の問題として扱わないでおくこと。それがこの時期にできる、いちばん実際的な手当てかもしれません。
眠れない・食べられないときは
異動の前後で眠りが浅くなったり、食欲が落ちたりすることはよくあります。多くは時間とともに落ち着いていきますが、そうでない場合もあります。
相談を考えていい目安
眠れない日や食欲のない日が2週間以上続くとき、朝どうしても身体が動かないとき、これまで楽しめていたことに関心が向かなくなったとき、また「消えてしまいたい」という考えが浮かぶときは、一人で抱えずに相談してみてください。
働く人向けには厚生労働省のこころの耳があります。あわせて、こころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)や、相談先をまとめたまもろうよ こころから探すこともできます。職場に産業医がいる場合、異動の相談先として使うこともできます。
ここで名前のつく状態かどうかを自分で判定する必要はありません。判断は専門家の仕事です。眠れない夜そのものとの付き合い方については、睡眠と心の関係をまとめた記事も参考になるかもしれません。
ココロバランスの立場
ココロバランスは、異動日のような日付が先に分かる揺れそうな日を先に登録しておき、その日までに手元の支えを確かめておくためのアプリです。
支えが何本あるかを数えて評価することはしません。連続記録日数も出しません。毎日書く必要もなく、点検は週に一度、30秒あれば終わります。
異動が決まったら、内示の日ではなく異動日を登録してみてください。そこまでの日数のあいだに、「前の職場の誰かと会う口実を作る」といった、あとから効いてくる備えを一つずつ提案します。当日は、決めておいたことを使うだけです。
参考文献
- Cruwys, T., Dingle, G. A., Haslam, C., et al. (2013). Social group memberships protect against future depression, alleviate depression symptoms and prevent depression relapse. Social Science & Medicine, 98, 179-186.
- Haslam, C., Cruwys, T., Chang, M. X-L., et al. (2022). Groups 4 Health versus cognitive behavioural therapy for depression and loneliness in young people: randomised phase 3 non-inferiority trial. The British Journal of Psychiatry.
- Thoits, P. A. Identity accumulation, verification, and well-being. Handbook of the Sociology of Health, Illness, and Healing.
- 厚生労働省. こころもメンテしよう:不安障害について
- 厚生労働省. こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト
よくある質問
内示が出てから眠れません。おかしいのでしょうか。expand_more
大きな変化の前に眠りが浅くなるのは、めずらしいことではありません。生活の枠組みが変わると分かった時点で、頭が先回りして考え続けている状態です。数日から数週間で落ち着いていくことも多い一方、眠れない日や食欲のない日が2週間以上続く場合は、我慢の量で解決しようとせず、産業医や医療機関に相談する選択肢があります。
異動先で早くなじむには、何をすればいいですか。expand_more
早くなじむための決まった方法はありません。人の顔と名前が一致し、こちらが「いつもいる人」として認識されるまでには、数か月単位の時間がかかるのがふつうです。なじめないと感じる時期があっても、それは適応の失敗ではなく、まだ時間が足りていないだけであることが多いようです。
異動が決まってから前の職場の人に連絡するのは、未練がましくないですか。expand_more
未練とは少し違う話だと考えています。関係は嫌いになって切れるより、会う理由がなくなって薄れることのほうが多いためです。異動前に「落ち着いたら飯でも」と一言かけておくことは、感傷ではなく、次に会う口実を残しておく実務的な手当てに近いと言えます。
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ココロバランス編集部
心理学・行動科学の公開研究や書籍を参照しながら、日常で実践しやすいセルフケアの知恵をまとめています。強い不調が続く場合は、自己判断だけに頼らず医療機関や専門家にご相談ください。