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記録は続けている。点数もつけている。グラフも溜まってきた。それなのに、何かが変わった実感がない——気分記録アプリを使ったことがある人から、この感覚はよく聞きます。
この記事では、気分の記録に効果があるのかどうかを、研究が実際に示している範囲で整理します。私たち自身がメンタルヘルスアプリを作っている立場なので、都合のいい結論に寄せたくなる場面はあります。それでも、まず研究のほうを先に置きます。
まず結論:効果は、期待されているほど大きくない
2026年に発表された系統的レビュー・メタ分析は、うつ病・双極性障害を対象とした気分モニタリング介入のランダム化比較試験8件(双極性障害5件・うつ病3件)を統合しています。
気分モニタリングは、治療的な介入としてではなく、アウトカムを測定する手段として位置づけられるべきである。
数値も書いておきます。うつ病では12か月時点で SMD −0.25(95%CI −0.49〜0.00, P=.05)と、統計的には境界的な結果でした。6か月時点は −0.21(P=.21)で有意ではありません。双極性うつに至っては SMD −0.08(95%CI −0.31〜0.15)で、効果は見られませんでした。
さらに重要な限界があります。このメタ分析に含まれた介入は、すべて記録以外の要素を併用していました。 看護師によるレビュー、心理教育、認知行動療法のモジュールなどです。つまり、記録だけを取り出したときの効果は、そもそも分離して測れていません。
言い換えると、現時点で分かっているのは「記録が効かない」ではなく、記録単独が効くという証拠はまだ立っていない、ということです。
続かないのは、意志の問題ではない
もう一つ、効果の話の手前にある事実があります。そもそも、ほとんどの人が続けていません。
メンタルヘルスアプリ93本(インストール数の中央値10万)について、実際の利用データを分析した研究では、インストールから30日後も使っている人の割合は中央値で3.3%(IQR 6.2%)でした。15日後でも3.9%です。
カテゴリ別に見ると、他者とのやりとりがあるピアサポート型が相対的に高く、一人で完結するものほど低い傾向が出ています。とはいえ最も高いピアサポートでも8.9%です。
この数字の読み方
これはGoogle Playのパネルデータから推計された値で、有料アプリや医療機関を通じて提供されるプログラムには当てはまらない可能性があります。それでも、離脱がこの規模で起きているという事実は変わりません。
国内の調査でも、健康関連アプリを使わない理由として「利用するきっかけがなかった」29.2%に次いで、「記録が面倒」が28.8%で挙がっています(18〜69歳のスマートフォン所有者 n=5,984)。
続かなかったことは、あなたの意志の弱さの証拠ではありません。この分布のなかでは、続かないほうが標準です。
記録が、かえってしんどくなることがある
続かない理由は、面倒だからだけではありません。
計1,768名を対象にした2つの研究では、日々の記録について利用者が使った言葉が報告されています。"oppressive"(抑圧的)、"punishy"(罰的)。記録が動機づけとして働くのではなく、できなかった日を突きつけてくる装置になっていたという証言です。
この研究では、セルフモニタリングが罪悪感や恥を生む場合があること、条件によっては摂食障害やうつ的な状態を誘発するリスクがあることも指摘されています。
思い当たる感覚があるかもしれません。
- 3日空いたあと、アプリを開くのが気まずい
- 悪い日をつけたくなくて、実際より高めの点数を選ぶ
- グラフが下がっているのを見て、さらに落ち込む
- 記録できていない自分が、ちゃんとしていないように思える
これらは使い方を間違えた結果ではなく、記録という行為そのものが持っている副作用です。つらいと感じたなら、その感覚のほうが正確です。
利用者がいちばん不満なのは「で、どうすればいいのか」
気分記録アプリの実利用者22名に半構造化インタビューを行った研究があります。使い始めたきっかけとして多かったのは、ネガティブなライフイベントの直後でした。何かがあって、状態を把握したくなって始める、という入り方です。
そして、最大の不満として挙がっていたのは次の点でした。
自分のデータをどう解釈すればいいのか、その推奨や示唆がアプリから提供されない。
商用アプリ32本の機能を分析した別の研究も、同じ場所を指しています。パーソナル・インフォマティクスの枠組み(準備 → 収集 → 振り返り → 行動)で見たとき、収集と振り返りの機能は豊富にあるのに、準備と行動を支える機能が乏しいという結果でした。
収集・振り返り
多くのアプリが実装している
- ・気分の点数づけ
- ・タグ・メモ
- ・推移グラフ
- ・月次サマリー
準備・行動
支援が手薄なところ
- ・何を記録すべきかの設計
- ・データの解釈の手がかり
- ・次にとる具体的な行動
- ・行動を実行する後押し
集める仕組みと、見返す仕組みはある。その先が空いている。多くの人が感じている「記録しているのに何も変わらない」という感覚は、この構造をそのまま言い当てているのだと思います。
では、記録には意味がないのか
ここで反転させます。答えは、いいえです。
記録には、自分の状態を知る手段としての価値があります。落ち込みが特定の曜日に偏っていること、ある人と会った週は安定していること、睡眠が削れた翌々日に崩れやすいこと——こうしたパターンは、記録がなければ気づけません。
認知行動療法の文脈では、出来事に対する自分の捉え方(自動思考)を書き留めること自体に意味があります。この点は記録がストレスを減らす仕組みを解説した記事で扱ったとおりで、いまも撤回する必要を感じていません。感情を書き出すことの効果についてもジャーナリングの記事で整理しています。
つまり、記録が効く文脈はたしかにあります。ただしそれは「記録が単体で症状を改善する」という話ではなく、記録が、次の一手のための材料になっているときに限られます。冒頭のメタ分析で効果が測られた介入がすべて心理教育や治療モジュールを併用していたことも、同じことを別の角度から言っています。
問題は記録そのものではなく、記録の次が用意されていないことです。
記録の「次」に何を置くか
では、何を置けばいいのか。ここからは私たちの考え方です。
一つの答えは、日付が決まっている出来事に対して、先に手を打っておくことだと考えています。
心がしんどくなる日は、意外と予測できます。推しの卒業ライブ。異動の内示。契約更新の面談。合格発表。引っ越しの日。日付が先に分かっているなら、その日までに支えを厚くしておくことができます。
- 1
気が重い日を1つ決める
3か月先までのカレンダーを眺めて、印をつけたくなる日を1つだけ選びます。なければ、何もしなくて大丈夫です。
- 2
その日に効きそうな支えを1つ選ぶ
誰と会うか、どこに行くか、何を持っていくか。1つで足ります。
- 3
相手がいることなら、先に声をかけておく
当日に頼るのは想像よりずっと難しいので、余裕のあるうちに一言送っておきます。
- 4
過ぎたあとに、何が効いたかだけ見ておく
反省会にはしません。次に似た日が来たとき、探し直さずに済むようにするためです。
この考え方は心が揺れる日に備えておくという記事で詳しく書いています。記録が「起きたことを後から見る」ものだとすれば、これは「起きる前に置いておく」ものです。役割が違うので、どちらかがどちらかを否定するわけではありません。
訂正した経験について
私たちは以前、心の支えを分散させることの効果を、抽象的な理論を根拠に説明していました。その根拠が十分でないことを確認して、記事を全面的に書き直しています(「心の分散投資」を検証した記事)。この記事も同じ姿勢で書いています。自分たちが属していたカテゴリについても、都合の悪い結果は先に出します。
無料で試せる選択肢もある
ここは、私たちにとって不利な情報です。それでも書いておきます。
気分の記録だけが目的なら、iPhoneには標準機能があります。 ヘルスケアアプリの「心の状態を記録する」(State of Mind)を使うと、その時々の気分やその日全体の心の状態を記録でき、睡眠時間・運動量・マインドフル時間などとの関係もあわせて見られます。OS標準で、追加費用はかかりません。
まず試すなら
iPhoneの標準機能
- ・ヘルスケア → 心の状態
- ・睡眠・運動との関係も見られる
- ・無料・追加インストール不要
確かめてほしいこと
1か月使ってみて
- ・開くのが負担になっていないか
- ・見返したときに何か分かるか
- ・分かった先に、やることがあるか
これで足りるなら、それがいちばんいい選択です。有料のアプリを増やす理由はありません。1か月ほど使ってみて、記録が負担にしかなっていないなら、やめる判断も同じくらい妥当です。
ココロバランスの立場
私たちが作っているのは、気分記録アプリではありません。
連続記録日数も、達成率も表示しません。数えて評価すること自体をやめています。毎日の記録も求めません。基本は週に1回、30秒の点検だけです。開かない週があっても、それは失敗として扱いません。
代わりに扱うのは、揺れそうな日を先に登録しておいて、その日までに支えを1つずつ厚くしておくことです。記録の先にある空白を、そこで埋めようとしています。
それが必要かどうかは、読んだ方が決めることです。この記事を読んで「記録はいったんやめよう」と思ったなら、それはそれで正しい結論だと思います。
治療中の方へ
うつ病や双極性障害などの治療を受けている方で、気分の記録を治療の一環として勧められている場合は、この記事の内容よりも主治医の指示を優先してください。記録をやめる・変えるといった判断も、自己判断ではなく担当の方にご相談ください。気分の落ち込みや不安が長く続く場合は、厚生労働省のこころの健康相談統一ダイヤル(0570-064-556)や、相談先をまとめたまもろうよ こころから探すことができます。
参考文献
- Astill Wright, L., Shajan, G., Purewal, D., et al. (2026). Mood Monitoring, Mood Tracking, and Ambulatory Assessment Interventions in Depression and Bipolar Disorder: Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. JMIR Mental Health, 13, e84020.
- Baumel, A., Muench, F., Edan, S., & Kane, J. M. (2019). Objective User Engagement With Mental Health Apps: Systematic Search and Panel-Based Usage Analysis. Journal of Medical Internet Research, 21(9), e14567.
- Orji, R., Lomotey, R., Oyibo, K., et al. (2018). Tracking feels oppressive and 'punishy': Exploring the costs and benefits of self-monitoring for health and wellness. Digital Health, 4.
- Schueller, S. M., Neary, M., Lai, J., & Epstein, D. A. (2021). Understanding People's Use of and Perspectives on Mood-Tracking Apps: Interview Study. JMIR Mental Health, 8(8), e29368.
- Caldeira, C., Chen, Y., Chan, L., et al. (2017). Mobile apps for mood tracking: an analysis of features and user reviews. AMIA Annual Symposium Proceedings, 495-504.
- MMD研究所(2021). ヘルスケアアプリと医療DXに関する調査(18〜69歳スマートフォン所有者 n=5,984)
- Apple. iPhoneで心の状態を記録する. iPhoneユーザガイド
よくある質問
気分記録アプリは、使っても意味がないのでしょうか?expand_more
「意味がない」と言い切れるほど単純ではありません。ランダム化比較試験のメタ分析では、うつ病における12か月時点の効果は境界的で、6か月時点や双極性うつでは統計的に有意ではありませんでした。ただしこれは「治療的な効果が確認できなかった」ということであり、自分の状態を把握する手段としての価値を否定するものではありません。記録によって助かっている実感があるなら、それは続ける理由になります。
記録が続きません。意志が弱いということでしょうか?expand_more
続かないのは一般的な現象です。メンタルヘルスアプリ93本の実利用データでは、30日後も使っている人の割合は中央値で3.3%でした。ほとんどの人が1か月以内に離れているという分布のなかにいるだけで、個人の意志の問題として説明できるものではありません。国内調査でも、健康関連アプリを使わない理由の上位に「記録が面倒」が挙がっています。
記録するのがつらいときは、やめたほうがいいですか?expand_more
やめてかまいません。研究のなかには、記録が抑圧的・罰的に感じられ、動機づけではなく罪悪感や恥を生む場合があるという報告もあります。開かない日が続いてもそれは失敗ではありませんし、いったん離れて必要になったら戻る、という使い方でも問題ありません。ただし治療の一環として記録を勧められている場合は、自己判断でやめる前に主治医にご相談ください。
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ココロバランス編集部
心理学・行動科学の公開研究や書籍を参照しながら、日常で実践しやすいセルフケアの知恵をまとめています。強い不調が続く場合は、自己判断だけに頼らず医療機関や専門家にご相談ください。