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上司は選べません。仕事内容も職場も、ある程度は選べるのに、誰の下につくかだけは選べない。
だから、この問題は**「関係を良くする」から考えると行き詰まります**。相手が変わることを前提にした対策は、相手が変わらなかった時点で全部崩れるからです。
現実的なのは、消耗を減らすほうから考えることです。
まず、法律上の線引きを知っておく
「これは指導なのか、パワハラなのか」という迷いは、判断の基準を持っていないと延々と続きます。基準自体は公表されています。
厚生労働省の定義では、職場のパワーハラスメントは3つの要素をすべて満たすものとされています。
- 1
優越的な関係を背景とした言動であること
職務上の地位が上であるほか、業務上必要な知識や経験を持っていて、その協力なしには仕事が進まない場合なども含まれます。上司から部下に限られません。
- 2
業務上必要かつ相当な範囲を超えていること
ここが中心です。客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる指導は、パワハラには該当しないとされています。
- 3
労働者の就業環境が害されるものであること
身体的・精神的な苦痛を与えたり、就業環境を悪化させたりして、能力の発揮に重大な悪影響が生じている状態を指します。
そのうえで、代表的な行為の類型が6つ示されています。身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害の6つです。
この基準は、自己判定のためのものではない
3要素を知っておく価値は、「自分の感じ方が過剰かどうか」を一人で悩む時間を減らすところにあります。ただし、実際に該当するかどうかの判断は個別の事情によります。自分で結論を出すより、事実を記録して相談窓口に持ち込むほうが確実です。判断は渡してしまって構いません。
なお、事業主に防止措置を義務づける法律(労働施策総合推進法)は2020年6月から大企業に、2022年4月からは中小企業を含むすべての企業に適用されています。相談したことを理由に不利益な取り扱いをすることは禁止されています。
記録は、告発のためではなく判断のために取る
記録をすすめると「そこまでするつもりはない」と言われることがあります。ただ、記録の主な用途は告発ではありません。
いちばんの用途は、自分の判断を安定させることです。
つらい状況が続くと、記憶は感情に合わせて変形します。ひどい日のことだけを覚えている状態にも、逆に「思っていたほどではなかったかも」と全部を薄める状態にもなります。どちらも判断を狂わせます。
記録すること
事実のみ
- ・日付と時刻
- ・場所(会議室・チャット・メール等)
- ・誰がいたか
- ・言われた言葉をそのまま
記録しないこと
書くと使いにくくなる
- ・自分の解釈や評価
- ・相手の性格についての推測
- ・「いつも」「必ず」などの一般化
- ・感情の吐き出し(別の場所に書く)
保管場所
会社の資産に置かない
- ・個人のメモアプリやノート
- ・会社貸与PC以外に控えを持つ
- ・メールやチャットは転送より画面保存
- ・日付が残る形式で
持ち込む先
選択肢は複数ある
- ・社内のハラスメント相談窓口
- ・人事・コンプライアンス部門
- ・産業医(健康面から)
- ・労働局の総合労働相談コーナー
書き方のコツは1つだけです。評価を書かず、事実だけを書く。 「理不尽だった」ではなく「金曜18時に依頼、月曜朝が期限、他4名の前で『前も言ったよね』と発言」。この形のほうが、あとから自分で読み返したときにも使えます。
変えられるのは、接触の「形式」のほう
相手の性格は変えられません。変えられるのは、やりとりの形式です。ここは実際に効きます。
口頭のやりとりを減らして、文字に寄せる。 これがいちばん効果が大きい変更です。理由は3つあります。
- その場で反応を返す必要がなくなる。考える時間ができます。
- 依頼内容と期限が残るので、あとから変わりにくくなります。
- 感情的な表現が減ります。書くと、相手の側も語調が落ち着くことが多くなります。
具体的には、口頭で受けた指示を「念のため確認です」としてチャットやメールで復唱する。これだけで、記録と確認を同時に済ませられます。
復唱のテンプレート
「ご指示ありがとうございます。認識合わせのため確認させてください。◯◯を、△△までに、□□の形式で、という理解で問題ないでしょうか。」
角の立たない書き方で、事実が残ります。相手の言い方が変わる問題への対処としても機能します。
判断の基準を、相手の反応から外す
苦手な上司の下で消耗が大きくなるのは、叱責の量そのものより、自分の仕事の良し悪しを判定する装置が、その人一人になっているからであることが多くあります。
この状態だと、その人の機嫌が今日の自己評価になります。相手の側に一貫性がなければ、こちらの評価も日ごとに揺れます。
対処は、基準を外に持つことです。
- 自分で終わりの基準を決めてから取りかかる(何ができていれば完了か)
- 他の人からのフィードバックを取りにいく(他部署、顧客、同僚)
- 業務外で、評価が返ってくる場所を持つ
3つ目が効く理由は、評価の出どころが1つしかない状態そのものが不安定だからです。仕事の中だけで分散させようとしても限界があります。
期待と現実のずれで消耗する構造そのものは、「期待しすぎない」技術の記事で、ストア哲学のコントロールの二分法をもとに扱っています。上司との関係にもそのまま当てはまります。
「合わない」で終わらせていい
最後に、判定を急がないほうがいい話をします。
苦手な上司がいるとき、多くの人が最初にやるのは原因の特定です。自分に落ち度があるのか、相手に問題があるのか、相性なのか。
この作業は、消耗している時期にはうまくいきません。判断力が落ちている状態での内省は、自己批判の方向に流れやすいことが知られています。「自分が悪いのでは」という結論は、正しいから出てくるのではなく、そういう状態だから出てきます。
だから、原因の特定はいったん保留にして、「合わない」で止めておくほうが実際的です。合わないという情報だけで、取れる対策はすべて取れます。
そして、その状況が続いていて、眠れない・食べられない・出社時に体が動かないといった症状が出ている場合は、対策より受診が先です。職場が原因で症状が出ている状態については、適応障害かもしれないと思ったときの記事にまとめています。
ココロバランスがやっていること
ココロバランスは、心の支えを複数の「柱」として登録して、いまどこに寄っているかを見えるようにするアプリです。
この状況で効くのは、評価の出どころが職場一つに集中していないかを、図で確認できるという点です。支えが職場に寄っているほど、特定の一人の言動が生活全体に効いてきます。記録は週に1回30秒で、毎日の入力は求めていません。
相談先
社内の窓口が使いにくい場合は、各都道府県の労働局に設置されている総合労働相談コーナーに無料で相談できます。ハラスメントに関する情報は厚生労働省のあかるい職場応援団にまとまっています。心身の不調が続く場合は、産業医や医療機関、こころの耳の相談窓口をご利用ください。
参考文献
- 厚生労働省. あかるい職場応援団:ハラスメントの定義.
- 厚生労働省. パワーハラスメントの6類型.
- 厚生労働省. 総合労働相談コーナーのご案内.
- 厚生労働省(2025). 令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概要.
よくある質問
これはパワハラなのか、ただの厳しい指導なのか分かりません。expand_more
厚生労働省の定義では、職場のパワーハラスメントは3つの要素をすべて満たすものとされています。優越的な関係を背景とした言動であること、業務上必要かつ相当な範囲を超えていること、就業環境が害されていることの3つです。逆に言えば、客観的に見て業務上必要かつ相当な範囲の指導は該当しません。判断が難しいのが普通なので、自分で結論を出す前に記録を残し、社内の相談窓口や労働局の総合労働相談コーナーに事実を持ち込むほうが確実です。
相談すると自分の評価が下がりませんか?expand_more
2020年施行の法律により、相談したことを理由とする不利益な取り扱いは禁止されています。とはいえ、社内の窓口が機能していないと感じる場合があるのは事実です。その場合は、各都道府県の労働局に設置されている総合労働相談コーナーという社外の窓口があります。無料で、まず話を聞いてもらうだけの利用も可能です。
異動や転職以外に選択肢はありませんか?expand_more
その2つは有力な選択肢ですが、いますぐ実行できないことも多いはずです。この記事で扱っているのは、実行できるまでのあいだに消耗を減らす方法です。具体的には、接触の形式を変える、判断の基準を相手の反応から外す、支えの置き場所を職場の外にも持つ、の3つです。ただし、心身に症状が出ている場合は、対処法より先に受診を優先してください。
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ココロバランス編集部
心理学・行動科学の公開研究や書籍を参照しながら、日常で実践しやすいセルフケアの知恵をまとめています。強い不調が続く場合は、自己判断だけに頼らず医療機関や専門家にご相談ください。